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公式ホームページ:
http://makotoozone.com/
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ジャンルを超える世界的ピアニスト
小曽根 真
Makoto Ozone , Piano
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| 父、小曽根 実の影響でジャズに興味を持ち、独学で音楽を始める。6歳の時、初めてテレビで演奏し、7歳の時に大阪毎日放送で隔週でのレギュラー出演をスタート。その後も独学でジャズを勉強するが、12歳の時にオスカー・ピーターソンのソロ・ピアノを聴き、ジャズ・ピアノを始める決意をすると同時に、クラシック音楽についても神戸在住のジャン・メルオ神父に1年間師事する。またこの頃に、関西唯一のビッグバンド、アロージャズオーケストラを率いる北野タダオ氏に師事、オーケストラの編曲に興味を持つようになる。 |
1976年北野タダオ氏の厚意により、神戸で開かれたジャズ・フェスティバル、「ワイドワイドジャズ」で初めてジャズ・ピアノ・ソリストとしてデビューを飾る。
1980年6月渡米。1983年5月ボストンのバークリー音楽大学ジャズ作曲・編曲科部門を首席で卒業。同年6月、ニューヨークのカーネギーホールでソロ・ピアノ・リサイタルを開き、米CBSレーベルと日本人初の専属契約を結び全世界デビューを果たす。同時にグラミー賞受賞アーティスト、ゲイリー・バートン(ヴィブラフォン)のグループに参加、ワールド・ツアーを開始。この頃から作曲家としての活動も始め、ゲイリーをはじめとするさまざまなミュージシャンたちに曲を提供するようになる。2003年2月、ゲイリー・バートンとのデュオ『ヴァーチュオーシ』(Concord)で、第45回グラミー賞に初ノミネート。
近年は、クラシックにも本格的に挑戦。2000年9月、東京のオーチャードホールで井上道義指揮新日本フィルハーモニー交響楽団とガーシュウィンのピアノ協奏曲ヘ長調を、2001年12月には同じ顔ぶれでバーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」を演奏し、共に大好評を博した。
2002年2月、井上道義氏の誘いでフランスのマルセイユに同行し、地元のオーケストラとガーシュウィンのピアノ協奏曲ヘ長調を演奏。2003年10月4日、「第18回国民文化祭・やまがた2003」開会式で総合プロデューサー、井上ひさし氏の依頼により自作の協奏曲「もがみ」を弾き振りし話題を呼んだ。
2004年7月、ジャズとクラシックの共存をコンセプトにした、トリオとストリングス・クァルテットの共演作『新世界』を発表。9月には研鑽を積むため、アメリカのクラシックの名門学校イーストマン音楽院に3ヵ月間入学。11月には、総勢15名のビッグバンド「No Name Horses」と伊藤君子とのアルバムをビデオアーツからリリース。
2005年2月、「No Name Horses」のデビュー・アルバムをレコーディング。2006年8月には、ワルシャワでパキート・デリヴェラ(クラリネット)と共演し、斬新なインプロヴィゼーションで好評を博す。2007年7月、フランスのピアノ・フェスティバル「ラ・ロックダンテロン」に招かれ、ラ・マルセイエーズ誌に『天才の到来』と評される。8月にはワルシャワで尾高忠明指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアとベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番を演奏。9月には東京JAZZに「No Name Horses」を率いて参加し、『着実にこの世界に新風を送っている』(日本経済新聞)と評された。また、スイングジャーナル誌で第32回南里文雄賞を受賞。
2008年3月は、「No Name Horses」のセカンドアルバム『Ⅱ』の全国ツアーで約1ヶ月熱いステージを繰り広げ、8月は、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭に大植英次指揮北ドイツ放送交響楽団と出演。公演の模様は全ヨーロッパに生中継され絶賛された。再び12月には、北ドイツ放送交響楽団の定期公演に招待され『比類のない演奏で、観客は魅了され大絶賛だった』地元ハノーファー新聞誌にて評された。
精力的な演奏活動のかたわら、人気FMジャズ番組「OZ MEETS JAZZ」のパーソナリティーを務めるほか、テレビ出演や舞台音楽、ドラマ音楽を手がけるなど、ジャズの世界を超えた幅広い活動へと挑戦を続けている。
この春、ショパンを奏でたアルバム『Road to Chopin(ロード トゥ ショパン)』をリリース。(ユニバーサルより2010年4月14日発売予定/UCCJ-2080/\3,000 Tax in)
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